死神少女は恋に戸惑う

第八話・目が覚めたら、俺の理解が追いつき始めた。

 目が覚めたら朝だった。煩いスマホのアラームを止め、最早癖のようにゲームアプリを起動しログインボーナスを受け取ってふと気づく。いつもより受け取りが……あれ? 消えた連続ログインボーナスに首を傾げ、あああ、と頭を抱える。そうだ、昨日は朝慌てたせいでログインできず、電車も参考書を開き、テストを受けた後まではログインする気満々だったのだが……そのあとイレギュラーなことが起きたんだった。
 おかしい、俺は昨日日がまだ高い、夕方前に眠った筈だ。ちょっと軽く眠るはずがまさかの次の日の朝である。泣ける。ひとまずゲーム画面を消すと通知の多さにぎょっとしてSNSアプリを起動しチェックすれば、勝也から結局昨日の昼飯を誘えなかった嘆きの文面の後返信がないことを心配され、長居からもログインした形跡がないことで心配され、バイト先の奴からも今日朝から来れないかと打診のあと心配さ……おい待てなんだこれは。
「はぁ? 八時からだ? ふざけんな今だわ!」
 休みの日は惰眠を貪る俺も平日はさすがに七時半から八時には起きている為、今日も普段通りに時間にスマホが鳴ったわけであるが。俺の今日のバイトは十一時からの筈で、一体何がどうしてこんな要請が来るのやらとそのままに「テスト明けで寝てしまい今見ました」と返信すれば、即座に既読がつき、夏風邪で一人減ったためヘルプが欲しいとのことで。ああもう仕方ねえな。
 ログボのためにログインだけしているようなゲームの起動と受け取りを繰り返しながら身支度を整え、朝から十秒チャージに頼りつつ部屋を飛び出し、足早に歩きながら友人たちに返信して、ふと気になってメールを確認する。新着アイコンは確かになかったが、やはり彼女からの連絡はない。昨日の魔法少女……じゃない神楽さん、やっぱり夢だったりしねーかななんて寝過ぎた頭で考えスマホの画面を消そうとしたところで、スマホがほんの一瞬ぶるりと震え受信を告げる。
 ……タイミングがすごいんだけど。
 思わずきょろりと周囲を見回すが、そこにあのいたら目立つだろう容姿の彼女はいない。まぁそうかとタップしメールを開けば、「神楽です。昨日は大変ご迷惑をおかけ…」と画面に入りきらず途中で切れたらしい件名が記載された知らないアドレスからの受信が一通。やっぱ夢じゃないよなとそれを親指でタップして開けば、思ったよりも長文が目に飛び込んで来た。
 秋山様、昨日は大変お世話になりました。改めまして、神楽椿と申します。先日は我々の仕事に巻き込んでしまっただけではなく、私の自己管理がなっていなかった為にご迷惑をおかけいたしましたこと、深くお詫び申し上げます。
 ……ってなんだこの堅苦しい文章は! 俺は取引相手かなんかか!? いやそうらしいけども!
 読み進めれば謝罪と明日の午後二時に昨日出会った公園のベンチで待ち合わせしてもらえないかという簡単な内容だったのだが、どこまでも堅苦しい文章を書いたのがあの俺より年下の少女であるという違和感が先に来てしまい意味を理解するのにやや苦戦してしまった。もしかしてあの子、摩訶不思議現象で実は俺より年齢上だったりしないよな? 明日確認……いや待て、その場合女性に年齢を聞くというタブーを侵すのではないかと戦慄し、返信に悩む。俺これ、普通に軽い感じで「わかったー」だなんて返信できないやつじゃねーの? むしろSNSだったらスタンプでOK! だなんて返す気分でいたんだけども。
 ごちゃごちゃと考えつつバイト先目前で漸く「ここで俺まで堅苦しく返せばいつまでもこのままだ」と思い直し、なんとか「そう硬くならないでほしい」という旨を伝えた了承の返信を終えた俺は、既に一仕事ついた気分になりつつも大きく息を吐いた。
 相手がそういったお付き合いをしたい、というのなら俺の態度は逆に失礼そのものだが、昨日の態度はどう考えても俺に恐縮しまくったそれであったのだ。できれば仲良くやっていきたい。なにせ彼女は俺の護衛を務めるそうだし……いや、そうじゃないな。同情や偽善と言われればそうなのかもしれないが、俺は……どうにも、あの子が俺以外には見えないのだといったあの時の表情が忘れられないのだ。
 無心になって二階から今日の午後使うらしい皿の箱を運び下ろしながら、昨日の話を考える。昨日は大事な話をされたというのにかなり適当な態度になってしまった自覚がある。このまま挑むわけにはいかないだろう。
 大事なのは、彼女がなんの協力を得たいかだ。俺が危険な状態にあるらしいというのは原因も状況もよくわからないが、推測するに俺は過去に……ん、そういえば俺の質がどうとか言ってたな。俺の性質のせいで過去になにかあってさらに危ない状態で? で、彼女と、か、体の相性がいいから危険な場所に入りやすくなった? だったか。怪しいな、この辺り会ったら確認しよう。
 どうにも彼女は『自分のせい』だという申し訳なさで罪悪感にかられていたような様子だった。どこまでが"俺の質のせい"でどこからが"彼女に関わること"なのか明確にしたいところである。でなければ、少なくとも彼女のせいではないところまで責任を負ってしまいそうな様子だった。理解しなければ知らぬところで地雷を踏んでしまいそうであるし、俺も男だ。女に守られたままぬくぬくと安全に暮らしたいわけではない。まぁ、あの目玉の化け物を見るにどう見てもそっちの対応は俺では無理だし、むしろ戦いたいとも思わないが。そんなものはゲームの中で十分だし、俺は勇者のタイプじゃない。モブ、といいたいところだがこの場合は生贄ポジションか。が、モブだろうが贄だろうが守られたらきちんと感謝を返して、化物の食糧ではなく人間としての意地と尊厳を貫き通すべきだろう。
 既に出だして躓いていることであるし明日はしっかり向き合わなければ。最後の皿を運び終え、既に出来上がった料理を運びトラックに積み込んでいく作業に移り、鬱陶しい位眩しい太陽が視界に入ってついあの赤い月を思い出す。
 昼が訪れない夜の世界。そちらにほぼ属しているといった彼女は、人間としての私は、という言い方をしていた。あの公園で太陽に晒され消え入りそうなほど弱っていた彼女という存在は果たして、夜と昼どちらにいるのを好み、どちらにいると楽なのだろう。
 ぶるりとポケットにいれたスマホが震えた気がした。気にはなったが、仕事中触るわけにもいかず。メールの方だったらいいなと考えた思考はパートのおばちゃ……おば様たちに呼ばれたことで追いやられ、俺は仕事に戻ったのだった。

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