死神少女は恋に戸惑う

第三話・何が何だか俺もわからないが

 ふっと意識が急激に浮上して目を開く。
「待って!」
 すぐに叫んで目の前にいた筈の少女に手を伸ばしたが、その手は空を切る。そんなバカなと淡い光を頼りに周囲を探そうとして、目を瞬く。
 俺がいるのは街灯の下だ。きちんと点灯しているそれを呆然と見上げ、淡く白い光を放つ月を見上げ、きらきらと輝く星空の下、恐る恐る周囲を見回す。
 きちんと人が生活する為の明かりがそこら中にある家屋の窓から零れ、さわさわと瑞々しい葉が風に揺れる。撫でる風はじっとりと暑く、なんらいつもと変わりない日常の中、一人地面に座り込んでいる俺の周囲に確かに散らばっていたガラスの破片も、不思議な魔法陣もそこにはない。
「は? え?」
 既に少女の姿もなく、一瞬本当に夢だったのかと混乱した。だが、手のひらと尻の痛み、そして横に転がるコンビニの袋から飛び出た、容器の中で無残に形を崩した極美味特大プリンが、俺がただ尻もちをついただけにしてはありえない位置に落ちているのを見て、首を振る。
 あれ現実だったでしょ。マジかよ魔法少女。
「きちんと消します、って……」
 俺忘れてませんけど。
 あの時恐らく俺に何かしただろう魔法少女の『何か』はどうやら俺には効かなかったらしい。はっきり過ぎる程鮮明に覚えているのは夢ではありえなくて、どくどくとうるさい心臓が衝撃の強さを物語っている。
 しかし今更どうしようもなく、遠くから聞こえてくる車の音にはっとして慌てて痛む身体を押さえて立ち上がり、プリンを拾って袋に戻す。歩道に戻ったところで後ろからやってきた車が横をごうっと走り去るのを見つめながら、もうあれは夢じゃないと思ってもどうしようもない日常に戻ってきたのだと実感した。
 ああもう。なんだっていうんだよ。
 一つでかいため息を零し、のろのろと見知った道を進む。夢であったほうがいいんだあれは、と思いながらも気にかかるのは、俺を助けてくれたであろう少女が怪我をしていたせいだろう。俺の知ってる日常のどこかに、アニメのような非日常があったのか。いや夢の方がいいんだけども。妙な緊張感を感じながら、またあの化け物に出会っては敵わないと歩みを速めていく。さっきは助かったが、また助かるとは限らない。くそ、家に帰ったら風呂入って飯食って寝る。それに限る。
 ポケットからスマホを取り出し時間を確認しながら、疲労で悲鳴を上げる身体に鞭打って走り、アパートの前に辿り着くころには息を切らして扉を開け、部屋へと飛び込んだ。意味はないかもしれないがしっかり鍵をかけ、いつもの流れ通りエアコンをつけ、冷蔵庫に買ったものを袋ごと放り込んで風呂に向かう。
 熱いシャワーを浴びながら汗を流しつつ、あれは夢でいい、と己に言い聞かせる。適当な部屋着を着て部屋に戻り、冷蔵庫からまた袋ごと買った食料を取り出して机に座り、ごくりとペットボトルのジュースを飲んで、一息ついたところでくそ、と呟いた。
「俺のプリン……」
 いや、そこじゃねーよ。自分で自分に内心つっこみつつ、もそもそと潰れたサンドイッチを口に詰め込みながら、俺は無意識に起動したスマホで魔法少女を検索したのだった。

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