死神少女は恋に戸惑う

第十話・約束の日も炎天下で

 今日の午前は授業に出なくてはならないと大学に向かったはいいが、午後が気になってなんだか集中できた気がしない。
 まぁあとはこの授業のあと昨日やっと仕上げたレポートさえ提出してしまえば夏休みといっていい。夏休みを安心して迎える為に大学関連に関してはかなり集中して終わらせていたのが功を奏した。大学のテストやレポートに追われていては、自身に危険が迫っていると言われても受け止めきれなかったかもしれない。
 ……とはいえ、今年の夏休みはバイトを入れつつ旅行しようだなんて計画していたが、その楽しみは水の泡となったかもしれないが。自分がどう狙われていてどんな危険があるのかいまいち理解できていないが、懸念があるとわかっていて出歩く勇気はさすがにない。というか、護衛を買って出た彼女も護衛対象が全国各地に向かうのでは気が休まらないだろう。別に特別旅行に思い入れがあるわけではなく、学生のうちにやってみるかというただの思いつきである。残念に思うよりは次の楽しみをさっさと見つけるほうがいい。
 うちのバイトはシフト制ではなくその日ごとに希望者を集めるだけあって、夏休みはお金が欲しい学生たちで希望枠が埋まるのは早く、人が足りないと駆り出されることはほぼないと言っていい。パートのおば様たちはがっつりシフト制だそうだが、古参かつ長期で働いている俺が確実に出て欲しいといわれているのはくそ忙しいお盆前後位であとは自由だ。夏休みをあける為に普段からバイトを詰め込んでいた俺は詰めて働く理由も特にないのだが、今日話を聞いてみてバイト先に危険が及ばないのなら少し埋まりの悪い日に参加希望を出してみてもいいかもしれない。
 まずは何より話を聞かなければ。そんな気持ちでレポートを提出し終えた俺は、窓からさんさんと照り付けている太陽を視界に入れ、うんざりとしてため息を吐く。今日も外は暑そうだ。ふとあの日の下でぐったりした神楽さんを思い出し、冷房が効いた室内でぞっとして腕を擦った。また日光の下で待っているんじゃないだろうなあいつ。どれだけ日が照りつけていようと律儀にあのベンチで待っているのを想像してしまい、ちらりと時計を確認する。学食で昼飯食ってから、なんて暢気に考えていたが、さっさと帰るか。
 リュックを背負い外へでようと歩き出すと、名前を呼ばれた気がしてふり返る。学食へ向かう生徒で混雑する通路の中、見知った顔を見つけて、ああ、と手をあげた。
「おいもう帰んのかよ! レポートは!? あの量まだ終わってないだろ、なぁ!」
「いや終わった」
「怜の裏切りものおおお」
「裏切ってねーよ俺お前に聞かれるたびに進歩報告してただろ……」
 勝也に肩を揺さぶられながら呆れたように呟けば、小さな笑い声が聞こえて長居と滝口がやってきたのが見える。どうやら勝也も気づいたのか、わ、と慌てたように俺から手を離し背を伸ばしたのを見て少し苦笑した。
「二人とも、これからご飯?」
「サークルの飲み会、来週の水曜だって」
 今回は強制じゃないけどね、と滝口が笑うが、強制と言われている新歓と忘年会、送別会だってバイトだと言えば休みが許される緩さである飲み会だ。サークル自体がゆるく活動しているわりに人が多いので、まぁ出なくても何も言われないだろう。
「二人ともこれから昼ご飯?」
 返事をしながら目を輝かせた勝也が肘でぐいぐいと俺に無言の訴えを起こしている。悪いが俺は帰るぞ。
「怜くんもご飯どう? 今のイベント全然進んでないみたいだけど……」
「あ」
 長居に言われ一瞬なんのことかと思考が止まったが、はっとしてスマホを起動した。そういえば最近いろいろあったせいでログボ受け取りだけになり、すっかりイベントを失念していた。
「最近バイト先から急に呼び出しかかったりして忙しかったんだよな……あー、悪いけど俺この後すぐ帰る」
「はっ、お前今日はバイトないって言ってなかったか?」
「今日はな、ちょっと別件」
 えええ、と項垂れる勝也だが、仕方ないじゃん三人でいこ、と滝口に言われると途端に元気を取り戻している。とはいえすぐちゃんと寝ろよと言ってくる辺り、この前のクマのひどさを心配はしてくれていたらしい勝也に頷いて帰ろうとすると、長居が困ったような表情で名前を呼ぶ。
「あとで連絡していい? イベント躓いちゃって」
「あー、うん。予定あるからすぐ返信できないかもだけど、こっちも進めとくから」
「わかった、ありがとう」
 ほっとした様子の長居さんと滝口に「んじゃこいつよろしく」と勝也を押し付け、メール画面を起動しながら時間を確認する。結局神楽さんからはあれ以降連絡はないが、大丈夫だろうか。危険なことをやっているんだとわかっているからこそ今日の待ち合わせに本当に来るよな、と不安になり、足早に大学を出る。早く帰ったって待ち合わせの時刻が早くなるわけではないが、彼女のことだ。時間より早く来ているのではと少しばかり気持ちが急いたのだった。

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